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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)7716号 判決

原告、反訴被告

高野松三郎

原告

高野ふみ

右両名訴訟代理人

雨宮真也

外四名

被告

巣鴨信用金庫

右代表者代表理事

田村冨美夫

右訴訟代理人

高桑瀞

外一名

被告、反訴原告

石井繁直

主文

一  被告石井繁直は、原告高野松三郎に対し、別紙物件目録記載(一)の土地について真正なる登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

二  原告高野松三郎および原告高野ふみの被告巣鴨信用金庫に対する請求をいずれも棄却する。

三  反訴原告石井繁直の反訴被告高野松三郎に対する請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告、反訴被告高野松三郎と被告、反訴原告石井繁直との間においては、本訴および反訴を通じて右高野松三郎に生じた費用の五分の一を右石井繁直の負担とし、その余は各自の負担とし、原告高野松三郎および原告高野ふみと被告巣鴨信用金庫との間においては、全部右原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一昭和三四年七月二七日ごろ当時森繁が東京都文京区西丸町一〇番一の宅地255.86平方メートルを所有していたこと、右土地につき同年九月二日被告石井名義の所有権移転登記が経由されたこと、右土地が、その後における分筆、一部買収、住居表示の変更等の結果、本件(一)の土地となつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、原告松三郎が昭和三四年に森繁から右土地を買い受けたことがあるかについて検討するに、〈証拠〉によれば、昭和三四年に森繁から右土地およびその上にあつた建物を買い受けた資金は、すべて原告松三郎が支出していること、右土地には、その後、原告らまたは原告松三郎の被告金庫に対する債務を担保するための根抵当権が設定されていること、昭和四〇年に右土地の一部が東京都に買収され、東京都から約九〇〇万円の補償金の交付があつたが、この補償金の一部は原告らの債務の弁済等のために使用されていること、昭和四一年に本件(一)の土地の上に原告松三郎所有の本件(三)の建物が建築されたが、その際、原告松三郎と被告石井との間には、本件(一)の土地の使用条件につき何らの取決めもなされなかつたことを認めることができるのであり、これらの事実に、〈証拠〉を総合して判断すると、原告松三郎は、昭和三四年七月二七日ごろ、森繁から東京都文京区西丸町一〇番一の宅地を買い受けて、その所有権を取得したものであり、ただし、将来は、右土地を当時原告らの長女の夫であつた被告石井(当時被告石井が原告らの長女の夫であつたことは、当事者間に争いがない。)に対し贈与することを予定して、その場合の税金対策のために、あらかじめ被告石井の名義を借用して、所有権移転登記を経由したものであることを認めることができる。そして、この認定に反する〈証拠〉は採用することができず、また、原告松三郎がその後に右土地を被告石井に対して現実に贈与したなどの事実を認めるに足りる証拠はない。

三そうすると、原告松三郎は、現在、本件(一)の土地を所有しているものというべきであり、したがつて、被告石井に対し、本件(一)の土地について真正なる登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をすることを求める原告松三郎の本訴請求は、その理由がある。

四次に、本訴の請求原因第3項および第4項記載の各事実は、原告らと被告金庫との間で争いがない。そして、その原告ら作成部分は、〈証拠〉により、被告石井が原告らの記名、捺印を代行して作成したものであることが認められ(ただし、被告石井が原告らの記名、捺印を代行する権限を有したか否かの点については、しばらく措く。)、その余の部分は成立に争いのない乙第一ないし第四号証と、〈証拠〉とを総合すると、被告石井は、いずれも原告らの代理人として(ただし、被告石井が原告らを代理する権限を有したか否かの点については、しばらく措く。)、昭和四一年七月二日、被告金庫との間で、本件契約を締結し、その後、被告金庫から本件契約に基づく手形貸付(ただし、手形の書替を含む。)を受け、原告らおよび被告石井の共同振出名義の本件手形を振り出したものであることを認めることができ、なお、被告金庫が現在本件手形を所持していることは、原告らと被告金庫との間で争いがない。

五そこで、被告石井が本件契約の締結および本件手形の振出につき原告らを代理する権限を有していたか否かについて検討するに、原告松三郎が昭和二三年ごろから高野建材店の商号で建築資材の販売業等を営んでいたこと、原告ふみが原告松三郎の妻であること、被告石井が昭和二六年ごろから高野建材店の使用人として右営業に従事し、昭和三三年に原告らの長女と結婚したことは、原告らと被告金庫との間で争いがなく、また、後記認定のとおり、原告松三郎は、被告石井に対し、右営業に関するかなり広範な銀行取引等の代理権を授与していたことを認めることができるけれども、端的に、原告らが、被告石井に対し、本件契約の締結および本件手形の振出の代理権を与えていたかについては、本件の全証拠によるも、いまだこれを確認することができない。

六1  そこで、さらに、被告金庫の抗弁第4項に記載の表見代理責任の主張の当否について検討する。

2  まず、原告松三郎が昭和二三年ごろから高野建材店の商号で建築資材の販売業等を営んでいたこと、原告ふみが原告松三郎の妻であること、被告石井が昭和二六年ごろから高野建材店の使用人として右営業に従事し、昭和三三年に原告らの長女と結婚したことは、前記のとおり、原告らと被告金庫との間で争いがなく、そして、これらの事実と、〈証拠〉とを総合すると、次のとおりの各事実を認めることができ、〈る。〉

(一)  高野建材店は、原告松三郎が経営する純然たる個人商店であるが、建築資材の販売のほかに、左官工事やプラスチック加工の請負等をも業とし、原告ふみも、原告松三郎と協力して、かなり盛大に営業していた。しかし、原告らは、経理事務や金融取引には疎かつたため、被告石井が高野建材店の使用人として勤務するようになつてからは、営業に関する経理事務や集金、支払等の事務は、ほとんど被告石井に任せるようになり、とくに被告石井が原告らの長女と結婚した昭和三三年ごろ以降は、預金、手形貸付、手形割引等の銀行取引をも含めた営業に関する事務は、被告石井に任せきりにしており、それに必要な原告らの印鑑(しかし、いわゆる実印には限らない。)も保管させ、その使用を認めていた(なお、原告松三郎が被告石井に対し同原告の印鑑を保管させ、その使用を認めていたことは、原告らと被告金庫との間で争いがない。)。

(二)  高野建材店の営業に関する銀行取引は、昭和三〇年ごろ以降、ほとんど被告金庫本店との取引に集中されており、またその取引内容は、当座預金、積立預金、定期預金、手形割引等の各種目に及んでいたので、被告金底本店の責任者や係員は、単に被告金庫の店舗において被告石井と交渉、取引をするのみならず、始終高野建材店の店舗にも出入りして原告らと直接面談する機会を持つていた。そのため、被告金庫の責任者や係員は、原告らが前記のとおり営業に関する事務を被告石井に任せきりにしていることを熟知しており、また、原告らも、被告金庫の責任者や係員に対し、銀行取引等の事務を被告石井に任せていることを言明していた。そして、被告金庫の係員は、高野建材店の店舗において原告らも現に居合わせる席で手形の書替などをする際にも、被告石井が原告らの記名、捺印をすべて代行していることを目撃していた。

(三)  原告松三郎が昭和三四年七月二七日ごろ森繁から東京都文京区西丸町一〇番一所在の土地および建物を買い受けたことは、前記認定のとおりであり、原告松三郎がその際被告金庫から金三五〇万円を借り受けたことは、原告らと被告金庫との間で争いがないところ、右土地および建物の買受け、被告金庫からの借金は、いずれも原告松三郎自身が、被告石井とともに、被告金庫と相談を重ねたうえ、なされたものであるが、原告らは、その際、被告石井に対し代理権を授与し、同被告を介して、被告金庫との間で、原告松三郎を主債務者、原告ふみを連帯債務者とし、元本極度額を金四五〇万円、遅延損害金を日歩金八銭二厘とする手形貸付および手形割引契約を締結するとともに、右契約に基づく原告らの債務を担保するため、原告ら所有の土地および建物につき根抵当権を設定した。

(四)  さらに、右契約の締結後、原告松三郎と被告金庫との間の手形貸付および手形割引の取引額が増大したのに伴い、被告石井は、被告金庫の要望により、昭和三九年一月八日ごろ、原告らの代理人として、被告金庫との間で、右契約で定めた手形貸付および手形割引の元本極度額を金一〇〇〇万円に変更する旨の契約を締結した。そして、この変更契約の締結に当り、被告石井は、事前には、原告らに相談しなかつたが、原告らは、事後的に、この変更契約の締結を知り、これを了承していた。

(五)  昭和四〇年二月ごろ原告松三郎所有の土地および建物が東京都に買収され、同原告が東京都から補償金の交付を受けたことは、原告らと被告金庫との間で争いがないところ、その補償金の金額は、所有権取得登記が被告石井の名義でなされていたため同被告の名義で交付されたものをも含めて、約五〇〇〇万円にものぼる高額のものであつたが、原告松三郎は、その補償金の交付を受けるに当り、被告石井を代理人として、被告金庫に対し、その全額の代理受領と預金とを委任した。なお、東京都に買収された原告松三郎所有の土地および建物についても、被告金庫を権利者とする根抵当権が設定されていたため、右買収に当り、これを解除したうえ、他の土地および建物につき新しい担保権を設定する必要が生じたが、原告松三郎は、これらの手続をする代理権をも、被告石井に与えた。

(六)  原告松三郎は、昭和四〇年から昭和四一年にかけ、本件(三)の建物を新築するとともに、訴外寿屋工芸株式会社破産管財人や訴外石田寅雄から多数の土地を買い受けたものであるが、これらの建物新築工事の請負契約の締結、土地の買受け、その代金の支払、資金の調達等の問題は、ほとんどすべて被告石井に一任していたのであり、そして、被告金庫は、その事前または事後に、原告松三郎および被告石井から何かと相談を受けたので、右の事実を了知していた。他方、被告金庫は、原告松三郎の右建物の新築、土地の買受け等に当り、被告石井を介して、多額の貸付をしたが、本件契約の締結および本件手形の振出は、主としてその貸付の後始末のためになされたものである。

(七)  昭和三〇年ごろから昭和四一年までの間に被告石井が原告らの代理人として被告金庫との間で行なつた銀行預金(各種の預金を含む。)、小切手振出、手形貸付(手形書替を含む。)、手形割引、担保権の設定等の取引は、以上に挙げた取引を含めて、無慮数百件以上にものぼるが、その間、原告らは、随時被告石井や被告金庫の係員から報告を受け、また、被告石井の作成した帳簿や税金申告書等を閲覧することにより、右取引の内容および金額の概要を了知していたと認められるのにかかわらず、原告らは、昭和四一年に至るまで、被告石井が代理して行なつた右取引につき、被告金庫に対して異議を述べたり、調査を求めたりしたことは一度もなかつた。

(八)  東京都文京区、豊島区および北区内に営業所を有する建築資材販売業者の有志は、昭和四〇年ごろ当時、会員の親睦と福利の増進とをはかる目的をもつて、建材共栄会と称する団体を組織し、被告金庫との間で、積立、貸付などの取引をしており、原告松三郎の経営する高野建材店も、建材共栄会の会員として加入していたが、被告石井は、原告松三郎の了解のもとに、高野建材店を代表して建材共栄会の事業活動に参加し、同会の監事(役員の一つ)に就任していた。

(九)  なお、被告石井は、昭和四〇年ごろから、同被告の女性問題等のため、妻であつた原告らの長女との間が不和となり、また、そのころから、被告金庫からの借金の一部や東京都からの補償金の一部を、高野建材店の営業とは別個に被告石井が経営する事業のために費消した疑いも生じてきたが、それは、原告らと被告石井との家庭の内部の問題ないし個人営業の内部の問題であつたため、被告金庫は、昭和四一年九月ごろに至るまで、過失なくして、そのような問題の存在することに気づかなかつた。また、そのため、被告金庫の専務理事である訴外小林松治は、昭和四一年六月ごろ本件(三)の建物の建築が完成した際、原告らからその新築祝に招待され、祝辞を述べたことがある。

(一〇)  そこで、被告金庫は、被告石井を原告らの代理人とする本件契約の締結および本件手形の振出につき、被告石井に原告らを代表する権限があると信じたものである。

3  右2に認定の各事実を総合して判断すると、被告金庫は、被告石井による本件契約の締結および本件手形の振出につき、被告石井に原告らを代理する権限があると信じたものであり、かつ、被告金庫がそのように信じたことについては、正当な理由があつたものというべきである。なお、金融機関が本件契約の締結および本件手形の振出のような高額の取引を代理人、とくに本人の近親者である代理人との間でする場合には、金融機関には原告らの主張するような調査、確認をなすべき義務があるというべきであるが、右2に認定した事実関係を総合してみれば、被告金庫は、被告石井を原告らの代理人とする本件契約の締結および本件手形の振出につき、事前に右のような調査、確認の義務を尽していたかまたはそれと同視すべき状態にあつたものと解することができるから、被告金庫がそれを怠つたものということはできない。そうすると、被告金庫の前記表見代理責任の主張は、その理由があるといわなければならない。

七以上の認定、判断したところからすれば、原告らは、被告石井による本件契約の締結および本件手形振出の責任を免れることはできず、したがつて、原告らにその責任がないことを理由とする原告らの被告金庫に対する本訴請求は、いずれもその理由がない。

八最後に、被告石井の原告松三郎に対する反訴請求の当否について判断するに、右反訴請求は、原告松三郎ではなく、被告石井が昭和三四年九月一日ごろ森繁から東京都文京区西丸町一〇番一の宅地255.86平方メートルを買い受け、昭和四〇年に右土地の一部が東京都に買収された当時右土地が被告石井の所有に属し、右買収により東京都から交付された補償金が実質的に被告石井に属するものであつたことを前提としているものと解される。しかるに、昭和三四年に森繁から右土地を買い受けて、その所有権を取得した者は、被告石井ではなく、原告松三郎であり、原告松三郎は、単に将来の税金対策のために、被告石井の名義を借用して、右土地の所有権移転登記を経由したものにすぎないことは、前記二において判断したとおりである。したがつて、昭和四〇年に右土地の一部が東京都に買収された当時の右土地の所有者は原告松三郎であつたというべきであり、右買収により東京都から交付された補償金も実質的には原告松三郎に属すべきものである。そうすると、被告石井の原告松三郎に対する反訴請求は、その前提としている事実が認められないことになるから、被告石井が右補償金以外の金員を自ら出捐して原告松三郎の債務の立替払をしたことの主張、立証のない本件においては、右反訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、すでに理由がないというべきである。

九よつて、原告松三郎の被告石井に対する本訴請求はこれを認容し、原告らの被告金庫に対する本訴請求および被告石井の原告松三郎に対する反訴請求はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(奥村長生 塩崎勤 楢崎康英)

物件目録・登記目録・手形目録〈省略〉

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